知財お仕事百景 #4 - きのか特許事務所・室伏千恵子先生

公開日: 2025-02-17

知財業界で活躍する実務家のキャリアを深掘りするインタビュー、「知財お仕事百景」。
第4回は、きのか特許事務所・室伏千恵子先生にお話を伺いました。

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本日はよろしくお願いします!まずは、これまでの経歴をお聞かせいただけますか。
和歌山市で特許事務所を経営しています、きのか特許事務所の代表弁理士の室伏千恵子と申します。
関東にある理系の大学院を卒業し、AGC株式会社に就職しました。AGC株式会社は素材メーカー、ガラスを扱う会社で、研究開発部門に配属になりました。ガラスの組成シミュレーション、変形シミュレーションなどの研究をしていました。
社会人になるまで弁理士という職業を知らず、知財業界についても全然知らなかったのですが、研究成果を特許にしようというときに初めて特許事務所の先生と打ち合わせをする機会があり、弁理士という職業の存在を知りました。
また、義兄が弁理士で、当時では珍しく在宅で仕事をしていたんです。その様子を見て、様々なライフイベントにも柔軟に対応できそうな職業だなと興味を持ちました。
メーカーを退職後、弁理士試験に向けて1年ぐらい受験生として生活し、合格前に特許事務所に就職しました。東京・横浜の2つの特許事務所で経験を積んでから、Uターンで引っ越して独立開業し、現在に至ります。
きのか特許事務所は2022年の8月に設立したので、(インタビュー時点で)2年半ぐらい経ちました。

弁理士試験、特許事務所での経験

弁理士試験合格前に、メーカーでの研究開発職を辞して、特許事務所へ。何かきっかけがあったのでしょうか。
メーカー在籍中に弁理士試験に向けた勉強を始めたのですが、当時妊活もしており、勉強との両立が大変で、思いきってメーカーを退職しました。退職後、すぐに妊娠が判明。お腹に赤ちゃんを抱えながら1年ぐらい勉強を頑張りました。
「一発合格したい」という気持ちで思って勉強していましたが、1回目は論文試験でミスがあり、落ちてしまったんです。でも来年は絶対受かるだろうという謎の自信がありました。試験勉強をしているだけでは社会との繋がりが希薄になるっていう自分の中での焦りみたいなものもあり、早く社会と繋がりたい一心で、特許事務所に就職しました。
最初は翻訳部門で働き始め、後に特許技術者、弁理士試験に合格してからは弁理士として勤務しました。

企業から特許事務所へ転職。働き方はどのような違いがありましたか。
会議が少ないこと。メーカー勤務時代は会議がとても多かったんです。自分の研究成果をパワーポイントにまとめて発表・報告することも、仕事の結構なウェイトを占めていました。研究開発は、製品化まで遠く、売上にあまり直結しない仕事です。なので、今自分が何をやっていて、それがどれほど重要かを上層部にアピールしないと評価されないシステムでした。
特許事務所では黙々と作業をして、お客様に直接届く納品物を自分で作る仕事が多く、その作業にかなりの時間を費やせ、納品物自体が売上になる。売上が目に見えるところも性質の違う仕事だなという驚きがありました。
それから、納期至上主義。研究開発は長いスパンで成果を出していくのに対して、特許の世界は法定期限を絶対に守らなければならない。緊張感を持って仕事をすることを学びました。

文化みたいなものも違いますか。
そうですね。勤めていたメーカーは大手企業だったので、トップにすんなりと声が届くことは稀で、決裁者へのルートも長いように感じました。根回しやお伺いといったコミュニケーションのとり方は企業で学んだことです。一方、事務所だと、直属の上司がパートナークラスですぐに声が届きます。意思決定者とのコミュニケーション、距離の近さも全然違うなと思いました。
それから、事務員さんのきめ細やかな気遣い。技術職と事務職が分業している事務所だったんですけれども、事務員さんは気を回すことができる方が多く、私のような技術者ができないことを上手く拾ってくれる方がたくさんいらして、すごいなと思っていました。

東京の事務所で2年、横浜の事務所に2年勤めた後、独立して現在のきのか特許事務所を設立しました。

Uターンと独立開業

独立開業のきっかけ、苦労されたことは。
2022年、コロナ禍で、仕事のやり方がガラッと変わりました。お客様のところへ行くことも制限されましたし、ウェブ会議やメールなどオンラインでお客様とやり取りすることが普通になりました。
以前からUターンで実家の近くに帰りたいなと思っていたこともあり、これはチャンスなんじゃないかと思って思い切ってUターン。しばらく在宅で当時勤めていた事務所の業務をしていたのですが、だんだんモチベーションを維持する方法がわからなくなってしまって、新しいことにチャレンジしたい気持ちが強くなり、独立を決めました。

コロナ禍によって独立という考えが生まれたのか、それとも元々は最終的には実家の近くで開業したい思いで事務所で働かれていたのかでいうと...?
東京とか横浜にいる間は独立開業なんて恐れ多くてできないと思っていました。せっかく資格を取ったし、独立できるし、チャンスがあればやりたい気持ちはありましたが、まだ自分の実力だと独立開業は無理だろうって思っていました。
でも、Uターンで引っ越した地域には、弁理士も特許事務所も少ない。競合が少ない場所であれば思い切ってできるチャンスなんじゃないかと踏み切った感じです。

何から何まで初めてのことだとは思いますが、苦労されたことはありましたか。
営業、値決め、交渉。研究開発職では営業の経験は積めませんし、事務所ではアソシエイト弁理士だったので、取ってこなくてもいっぱい案件が来る状態で、外に出て仕事を取ってくるなんて考えもしなかった。でも、独立開業は顧客ゼロからのスタートです。新しい顧客を開拓しないといけない。営業も交渉もほとんどしない人生で、関西人なのに電気屋さんの値段交渉さえやったことがなくて(笑)、何をどうしたらいいかわかりませんでした。
幸いなことに、夫が同じようにメーカーに勤務していたのですが、新規事業を自分で立ち上げ、技術職ながら営業もしていた経験を持っていました。なので、夫にアドバイスをもらったり、重要な商談は夫にも同行してもらったりと、OJTのような感じでサポートしてもらいながら、ちょっとずつ学んでいます。
知らない世界なので、どういうことがお客様は気になっていて、この辺をうまく喋ると、こういう結果になる、みたいな駆け引きのテクニックを知るのが面白いなって思います。


経営者として

現在のお仕事内容を教えてください。
私、技術者1名(夫)、事務員1名の3名体制で、事務所を経営しています。
実際の仕事は、中小・ベンチャー企業向けの知財支援。知財部のないお客様からの依頼が多く、出願権利化、調査分析、異議申立て、戦略策定など、幅広く対応しています。

特許事務所にいらしたときの業務内容とは大きく違いそうです。
はい、特許事務所にいたときは特許、大手企業の出願権利化業務がメインでした。商標には興味はあったんですけれども、お仕事としてはほとんど手掛ける経験がなかったので、独立開業してからのチャレンジです。
お客様の中には、商標や意匠のことを「特許」とおっしゃる方もいるんですよね。「特許の相談を」と言われてお話を聞いてみると、実は商標の話だったということはよくあります。また、はじめは特許の相談でしたが「進歩性が足りなさそうなので、意匠として検討しましょう」というアドバイスに方針転換する場面もあります。企業だと知財部の方が「これは特許、これは意匠」と前捌きをやってくれると思うんですけど、それがない状態で来ていただけるので、こちらが知財部のような役割をするっていう感じ。法域をまたいだ提案ができた方がいい世界です。

今までやってきた仕事とはだいぶ違うと思うのですが、この状況をとても前向きに捉えていらっしゃいますね。
中小・ベンチャー企業の方々が求めてることって、「窓口が一つでいろいろ相談できる相手が欲しい」ということのような気がしてるんですね。というのも、知財部みたいな前捌きのできる人がいないので、モヤモヤとした相談を1人の一つの窓口にしたいと思っていて、そこをうまく割り振れる役割が求められてるんじゃないかと。
大手の特許事務所では、企業の知財部が前捌きした案件を正確にこなすとか、テクニックを駆使して課題解決するところを鍛錬されてる方が結構いらっしゃいますが、法域をまたぐのはあまりやられてる方がいないので、そこを自分の強みにできればいいなと考えています。

室伏先生は戦い方がわかっているというか、自己分析を徹底していらっしゃいますね。
昔から、平均点のちょっと上を取るのが結構得意な方かなと思ってて。決して頭がいいほうではないけれど、答えのある問題に対してどの科目についても平均点以上を取ることができるタイプで、一つの分野に対してトップになれるような聡明さは全然ないので、総合力で戦いたいと思っています。


女性として

女性ならではの悩みや、ぶつかったことなどあれば。
もうそんなに若手ではないんですけれども、対等に扱われていないのかなと思う瞬間はありますね。でもその社会的地位の低さを受け止めて、ブランディングを強化しようと前向きに捉えてます。
大学からずっと理系、男性社会が普通だったので、あまり気にしていませんでした。むしろ女性だから覚えてもらいやすいとか、珍しがってもらえる、目立てたって思っていました。私にとっては悩みというよりは、メリットだったな。

それから、仕事と家庭を両立しようとしたときに、時間的な制約はあります。お迎えの時間までに仕事を終わらせないといけないとか、女性がやらなきゃいけないっていう固定概念にとらわれて苦しんだこともあります。競合というか、仕事仲間の男性弁理士はそういうのはあまり気にせず仕事できていて、時間がかけられる分成果が上がりやすいのかなと思ったりはしました。
子育て中の女性の方が独立開業されるって結構私的には難しいと思います。私は幸い、主人が仕事量を抑えてくれて回っている部分があるんですけれど、お客様の期待に応えるために土日も仕事したいって思うので、無理して時間を作るところは、子育て中のママは難しいのかなと思ったりしますね。
それに、私は家事がすごく苦手で、母にちょっと頼んでいたんですけど、得意なところを誰かに頼むとか、うまくやりくりしていくために周りのサポートがすごく大事ですね。

「知財業界、弁理士は女性に向いている」という意見もありますが、どう思われますか?
適性という意味で言うと、私は結構向いてるんじゃないかなと思ってます。今、私は知財部のない企業さんを中心にご支援していますが、知財制度って本当に複雑で、いろんな説明をしなきゃわかってもらえないんです。そういう場面で、きめ細やかな説明やフォローは女性の強みが生かせるんじゃないかなと思っています。


おわりに

これから知財業界を目指す方へ、メッセージをお願いします。
知財の仕事って、法律とか知財制度っていうカードを切りながら、審査官や相手方の企業と知恵比べをするようなゲーム要素の高い仕事だと私は感じています。エキサイティングな仕事をしたい方にはおすすめです。
それから働き方の部分では、時間の融通が利きやすい仕事です。世間一般の感覚からすると専門性の高い業界とも思われがちですが、勤務する場所が企業であると事務所であるとを問わず、汎用的な業務が多いので、1回スキルをつけると、他の企業や事務所でも働きやすい。そうすると、ライフイベントや転職などが必要になった時などに対応しやすいという点でおすすめできるのではないでしょうか。
ぜひ知財業界を選択肢のひとつとして考えていただければと思います。

ありがとうございました!


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