知財お仕事百景 #9 - 粟飯原特許事務所・粟飯原伸康先生
公開日: 2025-09-21
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知財業界で活躍する実務家のキャリアを深掘りするインタビュー、「知財お仕事百景」。
第9回は、粟飯原特許事務所・粟飯原伸康先生にお話を伺いました。
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ジェネラリストとしてのスタート
本日はよろしくお願いします。まずは自己紹介をお伺いします。
弁理士の粟飯原です。 大学院を卒業後、2007年に新卒でNTT西日本に入社しました。 最初は知財とは関係のない仕事で、通信ネットワークの設計やエンジニアリング、企画、投資の計画、社内の業務システムの開発・運用などに携わりました。
その後、研究所に異動になり、宅内装置と局側装置の研究開発をしていました。3年間の研究所勤務中に弁理士試験に合格し、資格を取った翌年にNTTコミュニケーションズ株式会社(現:NTTドコモビジネス株式会社)の知財担当として社内異動しました。 権利化や係争対応、年金管理や審査請求など、一般的な知財の仕事はほぼ全部担当しました。
その後、都内の特許事務所に転職し、2021年から2025年6月まで主に国内中心に明細書を書いて中間対応をしていました。この7月に自身の特許事務所を開業しました。
弁理士資格を前提にしてキャリアをスタートされていないようですが、弁理士という職業と出会ったのはいつですか?
実は、大学時代に一度弁理士になろうと思っていました。大学で資格取得のための授業があって、4回生のときに弁理士っていうのを見つけて、面白そうだなと。 「理系の司法試験」っていうキャッチコピーに惹かれましたね。
当時は小泉内閣時代で、知財立国、知的財産が日本の産業の柱になるという風潮があった。社会貢献できそうなイメージを持ち、やってみようかなと弁理士試験の勉強を始めました。
短答試験はM1の時に合格できたのですが、論文試験でつまづきました。そのまま勉強が続けられずに知財とは関係の薄い会社に就職したのですが、挑戦したい気持ちは心のどこかにくすぶっていました。研究開発職に異動したのも大きなきっかけというか、「縁」を感じました。学生時代に最終合格までやりきれなかったことが、自分の中で大きな挫折として残っていたんですよね。たくさん勉強したけれど、うまくいかなかったという悔しい気持ちがずっと残っていました。だから社内異動をきっかけに勉強を再開し、合格しました。
弁理士として、知財部門へ
弁理士試験に合格後、ご自身の希望で研究開発部門から知財部門へ異動されます。
まず資格を使う場所に立てた。「ここが自分のキャリアのスタートラインだ」という気持ちでした。当時の知財部門は全員で10人程度、特許の権利化担当は4人ほどの小規模な組織で、権利化も、管理も、商標も、係争もやる。OSSも関わるし、契約も見て、 そうこうしてる間に予算策定したり、実行管理したりと、知財業務を全部やらせてもらえたのは大きかったと思います。
一方で、いきなり知財業務に入っても、なかなかうまくいくものではなかったです。
知財業務って、情報をうまく右から左に流すかという側面がある仕事だったりするんです。いかに発明者が創作した発明を特許事務所にしっかり書いてもらうかみたいなことなので、自分のバリューが出ないというか、弁理士としての自分がいることによってよい影響を組織に与えられてないのではという無力感もおぼえました。明細書はどういうふうにチェックしていいのか、どのようなクレームがよいのか、業務の基本を教えてくれる人もいなかったので、自分で試行錯誤して、課題にぶち当たることが多かったです。
でも、後になってそこで悩んだことが武器になっているというか、財産になっていると感じたんですよね。 駄目なりに何か一生懸命やって、その時は失敗したなって思うこともあるけれど、その失敗の引き出しがステージが変わってすごく活かせていると感じています。
そんな中、企業から特許事務所への転職を決意されます。
最初から特許事務所に行こうと思っていたわけではないんです。 「なんだかうまくいかないな」っていう漠然としたところから始まっているのですが、それはある意味で会社のせいにもできるんですよね。会社として知財がうまく回ってないから自分の業務がうまくいかないんだと、知財活動がうまくいっている会社への転職も考えたりもしました。 でも実際に転職活動をしてみたら、自分の本当にやりたいこととは少し違うと感じました。明細書をちゃんと書いて、権利保護をしたいと思って、最終的に企業ではなく、特許事務所に転職しました。
その時点では特許事務所での実務経験はないのですが、特許事務所に向けた転職活動ではほぼ経験者として扱っていただき、年収もそのレンジで考えてもらえて、話が早かったです。企業知財をやってからの転職は、得られたものも多かったと思います。
特許事務所では、技術分野的にはAIや通信やビジネスモデル、国内の明細書の新規出願と中間対応を行っていました。外内・内外、クリアランス、先行技術調査に対応することもありましたね。 同じ言葉がそのまま通じるなど、業務内容は俯瞰してみると企業から転職後もあまり変わらず、(社外の) 弁理士に依頼する前か後かの差なんです。
企業にいた頃から、明細書ってどう書くのかを発注側で一生懸命考えていたんですよね。 なぜここはこう書くのか、なぜここはこうなっているのか、明細書はどういう構造になってて、それぞれの記載にどんな意味があるのかみたいなことを普段から考えていたので、ある程度の明細書を書くためのベースがあったように思います。そのベースを活かしながら、加えて事務所側の責任として考えるべきことを考え、明細書全体の論理的な整合性をとって表現していくだけの話で、枝葉の差はあるけれど、幹の部分でやることは全然変わらないと気づいて、すごく楽に走り出せました。
企業と特許事務所とで、働き方や価値観の違い、カルチャーショックなどはありましたか。
働き方は全然違いますよね。企業知財をやってたときって、どうしても普段の実務でやっていることを業績として評価してもらいにくくて、ゴールが逃げていくというか、「どこまでやればいい評価をくれるんですか」みたいなところがありました。
企業の中にいると、自分がやったことに対する直接的な評価が見えにくく、正当に評価された上での年収や昇格なのかというのは、ダイレクトにはわからない。そういった経験を踏まえると、売上という数字できちっと評価してもらえるのはありがたいことだと思いました。
ただ、向き不向きで言うと、自分はどっちかっていうと企業みたいな働き方や人との関わり方が向いていて、黙々と明細書に向き合う方が実は向いてないような気はしています。企業にいた時はひたすら打ち合わせが入って、発明者をはじめとする関係者とひたすら喋っているのが結構楽しかったので、そういうことがなくなった寂しさは少しありましたね。
20代、30代、40代で得た学び
いろいろな経験が相互に作用して、武器や強みになっていらっしゃいます。
20代、30代、40代と年代で区切って、何を得て、どのように今生かされているのか、振り返っていただけないでしょうか。
20代で企画業務をやったっていうのは、無関係のようで、実はめちゃくちゃでかい経験なんです。
組織や人を動かす能力は、全ての業務に通じる基本的なスキルだと思います。上司や他部署に説明・説得する経験を通して論理的な思考力が鍛えられた部分もあるし、コミュニケーション能力、数字の扱い方、 それから、人を動かして成果を作る経験。課題や役割を整理して、正確に言語化して伝える力。意外とこういうことができない人が多いと感じます。
例えば、誰がいつまでにどの課題に対応するのか、何をするのかを管理することが仕事を進めていく上ですごく基本的なことだと思いますが、そういうことができるだけで人と一緒に仕事する上ではかなり楽になると思います。
法律知識では決定的な差がつくことは多くなくて、基本的なコミュニケーション力やビジネススキルで差がつくと思うんです。 だから20代で一般的なビジネススキルを身につけたことが遠回りしたようで実は武器になっている。 20代で土台の部分を作り、技術的な知識や法律的な知識をその土台に積み上げたというイメージですね。
その土台がある上で迎えた30代、自分の強みになる部分に経験が積み重ねられましたか。
技術や研究開発をやってよかったと思うのは、研究開発ではこのようなプロセスで業務が進んでいくんだというところを体験できたことです。モノの開発って、扱ってる技術の内容でやちょっとしたお作法が違ったりするけれども、俯瞰してみるとやっていることは同じ。技術の調べ方や開発の作法を知ることができたのは今の武器になっています。
弁理士は高度な技術知識があればいいかというとそういうものではありません。「自分はこの技術をよく知っている」という感じで打ち合わせに入り、その技術に対する思い込みが強くて変な方向に誘導してしまうという失敗もありました。弁理士は技術に対して誰よりも深く知っている必要はなく、わからないことを明確にして、発明者にわからないことをちゃんと聞く、それを言語化できる力があればいいと思います。発明者と話をするためのベースが身に付いたのがすごく大きかったと思います。
それから、企業の知財部門にいた経験。企業内での情報の動き方、知財業務の回し方、 知的財産のライフサイクルや、企業内でのステークホルダーとの付き合い方を経験できました。この経験を生かし、企業側で僕が悩んでいたことをお客様が同じように悩んでいるときに、「こんなやり方はどうですか」といった提案をすると、刺さることがあります。
目の前にいる相手の気持ちを知っている、相手の立場に立てることが、今の自分の強みになっています。自分の専門性が高いという認識はないし、本当に専門性の高い人に比べたら全然大したことはないけれど、「相手のことが想像できる」というのが自分の強みになっています。 想像というか、妄想みたいなところですかね、相手が何を考えてるのかを一生懸命考えるっていうのは、とても大事です。
そして、過去経験した仕事の中で一生懸命考えてひねり出したアイディアが、ステージが変わってレベルが上がったときに、他の経験と結びついて、同じような悩みを持っている人に対しての一段階上のソリューションになることがあります。
そして30代から40代。独立・開業されたことで、経営の視点が生まれてくる。
そうですね。ちょうど40代に差し掛かって経営というところに今入ってきたところですね。これからどうなるのかわからないですけど。事務所経営を成功させることが今40代の課題になってくると思います。
独立のきっかけの一つはマンネリ化でした。明細書を書きたかったことが特許事務所に転職した理由だったので、割と早い段階で目標が達成できてしまいました。上司やお客さんに恵まれた部分も大きいですが、この後このまま同じことをずっと続けていていいんだっけ、と思ったのが一つのきっかけです。
それから、だんだん実務を習得していくと、所長のやり方や事務所の標準的なやり方に対して、「自分だったらこうした方がいい」と思うことが増えてきました。お客さんとのコミュニケーションの取り方ひとつとっても、もっとこういうことを伝えるべきなんじゃないか、これは伝えなくていいんじゃないかとか。自分なりのやり方を試してみたいと自分の中で感じるようになったことがもう一つのきっかけです。
元々独立の意識はうっすらとあったのですが、そんな時に同業者の集まりにお声がけいただいて様々な事務所の経営者の方とお会いしました。ここでもまた「縁」のようなものを感じました。技術から知財へ、知財から事務所へ、事務所から独立へ。色々な方とお話する中で、時期が来たのかなと思えたことも大きなきっかけになりました。
40代で独立開業。ご自身の事務所で実現されたいことは、具体的に、どのようなことなんでしょう。
たいしたものではないんですよ、自分にはできることしかできないので。 すごく細かい部分なんですけど、自分の考えと前職の特許事務所の考え方がズレていた部分があって。自分が思う「こうした方がいいよね」を一生懸命実践して、お客さんに認めてもらうっていうのが、今やりたいところです。
もともと一人でひっそりとやる予定でしたが、色々なお客さんと出会う中で事務所を大きくすることを模索していたりもします。10年先、20年先に社会に貢献する姿を妄想しつつ、今は一人ひとりのお客さんと真剣に向き合って、一つ一つの仕事を一生懸命やっていきたいと思っています。
動けば、好転する
今日はお話の中に「一生懸命」という言葉がたくさん出てきましたね。
はい。僕は企業知財時代、自分のやってたことって全然うまくいっていないと感じていました。でも、後々その当時関わったいろんな人に声をかけていただいたり、当時のことを感謝して頂いたり、人を紹介してもらったりしました。自分は当たり前のことしかやれてないつもりでしたが、周りの人は意外とそういう姿を見て評価してくれてたんだなと今になって思います。
人に頼まれたことは基本的に断らないし、誘われたら普段しないこともやってみるようにしています。そうすると、人生が今までと違う方向に転がっていきます。それまで経験したことに、その新しいことで得た別のスキルや経験が乗っかってきて、それが人生を好転させることが何度かありました。 普通のことを一生懸命やってると、結果的に良い方向に転がっていくように感じています。
最後に、環境を変えることに悩んでいる方や、今後知財業界を目指す方へメッセージをお願いします。
不安になることは沢山あるかもしれないけれど、自分から動けば状況は好転します。
事務所に転職するときも、独立するときも、「うまくいくわけないよな」と半分は思っていました。「収入がなくなったらどうしようか」、「キャリアが途切れたら自分は無価値になるんじゃないか」といった不安は誰にでもよぎると思います。
でもスイッチを入れて動き出したら、結果的に好転していきます。「やる」と宣言したら、すごく失礼ですけれど、頼みもしないのに周りの方々がいろいろ助けてくれました。自分があがいて、周りに「頑張ってるね」って思ってもらえると、誰かが助けてくれるんだと思います。もちろんそれは自分がやれることをやっているのが前提なんですけど。
また、環境を変えたいと動き出すと意外と色々なことが自分にできることがわかります。過去の自分が普通にやってきたことが、気が付くと結果的に武器になっています。やりたいんだったらやったほうがいいと私は思います。
知財人材のキャリアについて、最初から企業知財や特許事務所に行きたい人を否定するつもりはありません。僕も大学院を中退して特許事務所に行こうかと考えた時期がありました。
でもあの時それをやってしまっては、深みのある経験は積めなかっただろうなと思っています。
自画自賛ですが、回り道をして色々な経験をしたからこそ、お客さんに対して本当に良いサービスを提供できるんじゃないかと思います。単にその技術を明細書にするだけではなく、お客さんが何を考えているのか、どうしてほしいのかを相手の立場で考えてコミュニケーションを取ることで、その結果を踏まえた書面に仕上げることができるのではないかと思います。
重要なのは知財実務の経験だけじゃないんですよね。仕事と関係ないところも含めて、自分の通ってきた人生全てが自分の武器になるので、恐れずに遠回りしてほしいなと思っています。
本日はありがとうございました!
最後までお読みいただきありがとうございました!
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